この日は朝から雨。それも結構強く降る雨だ。朝食を済ませて、準備しているとどんどん歩き遍路の方々が出発していく。彼らは荷物を宿に残してアタックする。おそらく頂上までは 2.5h ほどかなと?私の方はバスも使うが、ひょっとすると頂上で出会うかな?などと考えていた。
準備万端、宿にお礼を告げて出かける。
まずはコンピニで携行食を補給する。。。車用の登り口はコンビニから曲がっていくのだ。
コンビニでの写真。
元気に出かけた歩き遍路の人々、すごいなと感想を述べている。
この時はは更に自転車を押して上がることになるとは思いもせず。。
で、私も出かけることに。
で、その車道から出ている看板に従い、横峰を目指していく。最初のうちは自転車で漕げる傾斜だ。が、すぐに難しくなり、押して上がる。時々フラットなところもあるので、押したり、歩いたり。。この日はビンディングを外していたはずだ。こぐことより歩くことを優先していたので。。
これは別のルートで上がる道との合流地点。この写真を撮影した方角に向かってこれまで走ってきた。が、帰りはこの映像の左側の道をずっと下っていくことになる。標高は 185 と記録されている。 5m から登っているのですでに 180m ほど登っていることになる。
この写真は上の写真の看板を背に、これから登るルートを写している。この車道から右にそれていく分岐路があり、そちらが横峰だ。
バスの乗り場はその分岐路の少し先だ。
で、ほどなくバス乗り場に到着するが、ここでなんとバスが動いていないことが解る。
バス停でのライブログ。
なんと、時間通りとかではなく、人が揃わないと動かないらしい。。
この日は雨だし、朝一とも違う時間に来たので周囲には私一人、一人だとバスは出ないのだ。。
で、いつになると動き出すのかわからないというので、諦めて自転車を押し上がることにした。だいたい 10km ほどあるので、 2 時間ほどの歩きになるか? 2 時間の自転車押しはこれまで経験がないが、これまでの数々の札所ごえが経験値となり、また前日のご主人の助言で朝からアタックして時間が一日あるのが余裕となり、この雨の中押して上がることを決意した。
標高 460m 付近。時刻は 09:54 となっている。
とんでもない道だ。普通のアスファルト路面だと滑るのでコンクリートのザラザラ路面。
この写真は下に向かって撮影しているので、雨が流れていくのが見える。
こちらの写真はほぼ同じ箇所。カメラは上を向けている。ここを登っているのだ。しかし、下りもここを通るので怖いなと考えている。
11:18 の写真。標高は 812 。見だり手に見えるのが駐車場だ。横峰寺はこの右下あたりに位置する。
2 時間は淡々と過ぎた。最初から2時間だと解っているとそのペースをあえて越えようとしない。ましてやこれだけの雨の中だ。無茶をしないのが幸いした。疲労感はそれほど実は無かった。
六十番 横峰寺 登山道(車用) 駐車場から寺への案内。
自転車を止めて、横峰寺を目指す。多分、もう歩きの人々は行ってしまったろうなと思っていた。
とろが、私から寺院の屋根が見えるところまで近づいたとき、聞覚えのある笑い声がした。一人、若い女性が宿泊客にいたのだが、その人の笑い声だと知れる。その後を追うようにこれまた見覚えのある男性連れが前からやってきた。会えないかと思っていたのがここであえて嬉しいと声を掛け合う。不思議な事がやはり起こる。同じ山を目指して無効は徒歩、こちらは自転車を押して上がる。まあ参拝時間の 30~40 分の時間は場があるものの、このポイントで出くわすことになるとは思っていなかった。不思議なことが起こるものだ。。
などと考えながら、境内に入っていく。
六十番 横峰寺 境内。
この後更に驚きの出来事が待ち受けていた。。
この写真をとった直後ぐらいになんと、 T 氏と再開する。なんと彼はバスで登ってきたらしいのだ。前日は私が宿泊した少し手前ぐらいまで来ており、快調に来ていたが、自転車の調子が悪く、駅から出ているバスで上がってきたらしいのだ。
こんな偶然があるものか。
彼はこの雨の中 800m も自転車を2時間掛けて押し上がってきたことに驚いておられたが、私はこんなところで再開する事自体、大変な驚きであった。
六十番 横峰寺 境内
雨の横峰、自転車二時間押しでたどり着く。偶然再会したT氏、撮影。
色々な出来事が起きた横峰寺。お遍路最大の山場だったかと思う。 T氏とはこの後、一日遅れぐらいのペースで進むこととなり、結願するまではご一緒しない。この後出会うのは結願直後の高野山となる。
横峰の参拝を終え、駐車場に戻る。そこで今度はビンディングシューズに履き替え、山を下る。
下りは 16km にも及び、この雨の中体が冷えた。で、たどり着いたコンビニで温かい食事をしている。
昼飯のカップ麺。
この先はホテルまで何も無い。ひどい雨なのでゆっくりと走っていくことにした。
六十五番 三角寺麓 ビジネス旅館 京極。
コンビニからは 37km ほど走った。
部屋はこんな感じ。これまでのお遍路宿と違い、宿泊客は作業員の方だ。どこかの工場の現場の方か、あるいは道路工事の現場の方か?定かではないが。。
この日は日曜日ということで、食堂が用意できないので、近くのコンビニで弁当買って食べました。
この日の走行距離は 67.5km でした。
この日のライブログもなかなか面白いことが書いてあるのでここにリンクしておきます。
ライブログ
2011/05/08
回想:自転車でお遍路 2010/05/22-2 仙遊寺から、横峰の麓まで。
仙遊寺は宿坊があり、ガイドブックでかなり評判がよかった。今回宿泊することを検討していたが、自転車を外に停めないといけない。これは躊躇した。。実際に訪問してみて、外に留めておいたところが、あんの坂の上は悪戯する目的で人が登ってこないことはわかったのだが、まあ、動物とか風とかも心配ではあるのでやはり自転車は中に止めたほうが良いかな。。ロードバイクの場合は。
マウンテンだと、タフなので大丈夫な気がする。
で、仙遊寺から下り、この先を急ぐ。この日な何故か、急ぎ旅。。 f^^;;
一日にどれだけ進めるか?みたいな課題にとりつかれていたのだと思う。。
五十九番 国分寺 山門。
仙遊寺から坂道を下り、程なく走るとここに到着する。ここの入り口付近のタオルやさんが元気な人で、タオルとアイスと、お接待してくれた。今治のタオルは有名だが、確かにいいタオルだ。急ぎ旅の一日だったので、ろくろ物色もせず、お礼を述べると次に出かけた。
また、この国分寺という名前だが、お遍路中に国分寺が実は 4 つある。 2 つだと記憶していたのでどことどこかと調べてみたら、なんと 4 つだ。
お遍路の説明 15, 29, 59, 80 が国分寺。
数え間違いはもう無いかと思うが。。どうも国分寺の印象が強く残っているのはなぜだかと考えていた。。国分太一。 TOKIO のメンバーだが、この名前がなんども頭に浮かんだ。別にファンというわけでもないが、日曜日の鉄腕ダッシュという番組は結構好きで、よく見ている。そういえば、今回福島の原発の近くということで、被災したらしい。幸い皆無事だったとのことでほっとしたが。。
それはさておき、この写真の国分寺はよく覚えている。それはこのお寺以外のお寺は札所が密集している地域にあるので比較的記憶の残りにくいせいだと思う。。お遍路中に出会った方々で、札所を忘れているところもたくさんありますとよく耳にしたが、確かにそうだ。。 f^^;;
さて、この 59 番国分寺の次は 60 番横峰寺。この国分寺が 13:28 到着なので、ひょっとして行けるのではないか?そんなことを考え、まずは麓近くまで急ぐことにした。麓まではだいたい 20km ほど。一時間かそこらで着くはずで、十分時間的には間に合うと見た。
麓近くまでたどり着いたりが 14:30 ぐらい。間に合いそうだ。が、どの程度の山道なのかわからないのでまずは宿を確保して、宿の人に聞いてみようと考えた。宿は停車した場所の一番近くにある「 ビジネス旅館小松」たまたま地図を見て近いだけの理由で決めたのだが、これが大正解だったとあとで分かる。。
で、その主人曰く、「横峰は朝から行かないとダメです。」と教えてくれた。かなりの体力を要するので午後からのアタックはおすすめしません。とキッパリ。「では、この周囲の 61 番からの札所を先にお参りするのが良いと思ういます。」と助言いただいた。
確かにここまですでに 80km ぐらいは走ってきている。時間があるとはいえ、体は疲れている事に気がついた。ここは無理せず、 61 番から回ることにした。
六十一番 香園寺 山門 付近
六十一番 香園寺 本堂・大師堂。
ここは珍しい建物で、近代的な建家の中にお堂がある。これは「大聖堂」と呼ぶらしい。。
香園寺の説明。
六十二番 宝寿寺 山門付近
六十三番 吉祥寺 山門
六十四番 前神寺 山門
この
六十四番 前神寺 山門 付近。
この札所はホテルから 4km ほどあり、往復すると 8km。かなりの距離だ。翌日にしても良いのだが、次の日、横峰から降りる際にこの札所を経由するとしないではルートが変わってくる。ここに寄らないで済むと 2 km ほど先に出ることが出来る。経路を考えても有利だし、手間も省ける。またこの日の時間もまだあるので、ここまで足を伸ばした。
翌日は横峰をアタックしたら、三角の麓で宿泊する予定。なので明日は横峰 Only だ。そこにはまた様々なドラマが待っていた。。
六十四番 前神寺 山門 付近 案内図
横峰寺 麓 ビジネス旅館 小松
部屋は古い旅館そのもの。
特に目立った特徴があるわけではないのだが、ここはなにより、ご飯がすごい。なんと、一人づつ鍋が付いているのだ。料理旅館などで出てくる小型の奴ではなくて、鍋焼きうどん一人前クラスというのか?とにかく人利用ではなかなかありえない量。値段を考えると驚異の晩ご飯だった。
そして、その後はみんなに地図を渡してくれて、各々攻略ルートをかなり細かく教えてもらえる。私の場合は自転車なので車道をひたすら登る。更に、これまでの事を考えて、バスの活用を考えていた。いくつものブログにバスを利用したと書いてあったので。なので、皆さんとは少し違う内容を教えていただいたが、それにしても懇切丁寧。
この日のライブログには和歌にも色々書いてあるので、こちらも参照してください。
この日のライブログ
この日の走行距離は 89.5km 。松山からかなり足を伸ばした。
また、ここまでの総走行距離は 1,00km を超えた。後、 400km ほどか?
マウンテンだと、タフなので大丈夫な気がする。
で、仙遊寺から下り、この先を急ぐ。この日な何故か、急ぎ旅。。 f^^;;
一日にどれだけ進めるか?みたいな課題にとりつかれていたのだと思う。。
五十九番 国分寺 山門。
仙遊寺から坂道を下り、程なく走るとここに到着する。ここの入り口付近のタオルやさんが元気な人で、タオルとアイスと、お接待してくれた。今治のタオルは有名だが、確かにいいタオルだ。急ぎ旅の一日だったので、ろくろ物色もせず、お礼を述べると次に出かけた。
また、この国分寺という名前だが、お遍路中に国分寺が実は 4 つある。 2 つだと記憶していたのでどことどこかと調べてみたら、なんと 4 つだ。
お遍路の説明 15, 29, 59, 80 が国分寺。
数え間違いはもう無いかと思うが。。どうも国分寺の印象が強く残っているのはなぜだかと考えていた。。国分太一。 TOKIO のメンバーだが、この名前がなんども頭に浮かんだ。別にファンというわけでもないが、日曜日の鉄腕ダッシュという番組は結構好きで、よく見ている。そういえば、今回福島の原発の近くということで、被災したらしい。幸い皆無事だったとのことでほっとしたが。。
それはさておき、この写真の国分寺はよく覚えている。それはこのお寺以外のお寺は札所が密集している地域にあるので比較的記憶の残りにくいせいだと思う。。お遍路中に出会った方々で、札所を忘れているところもたくさんありますとよく耳にしたが、確かにそうだ。。 f^^;;
さて、この 59 番国分寺の次は 60 番横峰寺。この国分寺が 13:28 到着なので、ひょっとして行けるのではないか?そんなことを考え、まずは麓近くまで急ぐことにした。麓まではだいたい 20km ほど。一時間かそこらで着くはずで、十分時間的には間に合うと見た。
麓近くまでたどり着いたりが 14:30 ぐらい。間に合いそうだ。が、どの程度の山道なのかわからないのでまずは宿を確保して、宿の人に聞いてみようと考えた。宿は停車した場所の一番近くにある「 ビジネス旅館小松」たまたま地図を見て近いだけの理由で決めたのだが、これが大正解だったとあとで分かる。。
で、その主人曰く、「横峰は朝から行かないとダメです。」と教えてくれた。かなりの体力を要するので午後からのアタックはおすすめしません。とキッパリ。「では、この周囲の 61 番からの札所を先にお参りするのが良いと思ういます。」と助言いただいた。
確かにここまですでに 80km ぐらいは走ってきている。時間があるとはいえ、体は疲れている事に気がついた。ここは無理せず、 61 番から回ることにした。
六十一番 香園寺 山門 付近
六十一番 香園寺 本堂・大師堂。
ここは珍しい建物で、近代的な建家の中にお堂がある。これは「大聖堂」と呼ぶらしい。。
香園寺の説明。
六十二番 宝寿寺 山門付近
六十三番 吉祥寺 山門
六十四番 前神寺 山門
この
六十四番 前神寺 山門 付近。
この札所はホテルから 4km ほどあり、往復すると 8km。かなりの距離だ。翌日にしても良いのだが、次の日、横峰から降りる際にこの札所を経由するとしないではルートが変わってくる。ここに寄らないで済むと 2 km ほど先に出ることが出来る。経路を考えても有利だし、手間も省ける。またこの日の時間もまだあるので、ここまで足を伸ばした。
翌日は横峰をアタックしたら、三角の麓で宿泊する予定。なので明日は横峰 Only だ。そこにはまた様々なドラマが待っていた。。
六十四番 前神寺 山門 付近 案内図
横峰寺 麓 ビジネス旅館 小松
部屋は古い旅館そのもの。
特に目立った特徴があるわけではないのだが、ここはなにより、ご飯がすごい。なんと、一人づつ鍋が付いているのだ。料理旅館などで出てくる小型の奴ではなくて、鍋焼きうどん一人前クラスというのか?とにかく人利用ではなかなかありえない量。値段を考えると驚異の晩ご飯だった。
そして、その後はみんなに地図を渡してくれて、各々攻略ルートをかなり細かく教えてもらえる。私の場合は自転車なので車道をひたすら登る。更に、これまでの事を考えて、バスの活用を考えていた。いくつものブログにバスを利用したと書いてあったので。なので、皆さんとは少し違う内容を教えていただいたが、それにしても懇切丁寧。
この日のライブログには和歌にも色々書いてあるので、こちらも参照してください。
この日のライブログ
この日の走行距離は 89.5km 。松山からかなり足を伸ばした。
また、ここまでの総走行距離は 1,00km を超えた。後、 400km ほどか?
回想:自転車でお遍路 2010/05/22-1 松山市内から仙遊寺
この日は宿泊していた松山市内から、まず今治を目指す。しまなみ海道が有名だ。計画をたてる段階でしまなみを走ることも入れてはどうかと当初考えていたが、往復 140km の Extra コースは欲張っていかないほうが良いと判断した。今回は観光ではなく、修行なので。
結果的にそれは幸いしたように思う。この日のルートでは朝に松山を出たら、今治まであっという間に着いてしまった。デジカメの写真には 54 番の延命寺まで画像が残っていないが、ライブログに走り書きが残っていた。。
09:47 のライブログ。
GPS のログを確認すると、 54 番まで 12km ほどの地点だ。ここまでの平均時速は 16km/h ほどであるが、区間的には 30km/h が出ている。非常にフラットで走りやすい道路であったというのが記憶にのこっている。
また、ここは自転車がよく走るしまなみ海道に接続しているせいか、たくさんのロードば゛いくを見かけた。私が走ってきたお遍路の道の多くは自転車で走るには多少がたがたしているところがこれまでは多かったので、比較的ロードバイクに出会う確率は少なかったが、今回は多数。
もちろん、いずれも荷物を積載した私のバイクをあっと言う間に追い抜いていく。フルカーボンのロードバイクは本来、この目的に使用するものなのだと認識した。もともと早い方ではない上に、こういう変わった使いかた? (でもないかも知れないが。。) をしていることに多少の罪の意識が生まれた。
が、ここで終われないので、最後まで付き合ってもらう。
この今治周辺の札所は近場に固まっている。したがって、「走る」→「止まる」→「拝む」。このサイクルを繰り返し、マシンのように打っていく。その結果、やはり記憶から薄れている札所もある。。極力可能な範囲でコメントを追記しておく。。
五十四番 延命寺 山門
山門が二つ出てくるが、この下の写真が境内への入り口。
五十四番 延命寺 山門
こちらは門の中にお堂が見えている。本堂だと思う。
五十五番 南光坊 山門。
地図で見たときには延命寺からそう遠くない場所をイメージしていたが、意外と距離が有った。今治の市内を市街地走行するので信号だとか、車だとかに注意しながら走ったせいもあるかも知れない。。
ログを見てみると、 3.8km ほどの距離だが、平均時速は 6.7km/h 。休憩もしているようだ。。
五十五番 南光坊 山門。
この「南光坊」という名前は珍しい?札所はお寺なので「〇〇寺」だ。
今調べてみると、光明寺 が号らしい。
五十六番 泰山寺 山門
五十七番 栄福寺 山門
この後が仙遊寺ですが、ここがなかなか大変でした。
今記録を見てみると、標高差は 150m ほど。
これを 30 分ぐらいで登っています。速度は 4.6km/h ほど、ちょっと早足ぐらいです。最大勾配が 24.7% ですね。。これがこたえているのかも。。
また、心理的には、この日はここまで快調だったので、翌日の分も行けるんちゃうか?みたいな欲が出ていたのだと思います。それなのになかなか進まない。予定外に坂に時間が掛かってしまっている。。こういう焦りかも?
五十八番 仙遊寺 山門。
実はここからまだ登ります。歩行者はこの門の先、車道は右に入り、駐車場に向かいます。
五十八番 仙遊寺 山門。
同じ門ですが、こちらの方が構図がいいですね。 (^^)
先程の門のさらに 30m 上。ようやく参拝できるところまできました。いきを切らしながら、自転車を止め、念珠を取り出したり準備して本堂、大師堂と参拝していくと不思議なもので息が整いました。
お経を上げるのは呼吸を整える効果があるんですね。精神的にも落ち着きますし。。
ところで、この日のお昼はどこで食べたのか記録に残っていませんね。。
おそらくは携行食をとりつつ走り続けたのではないかと。。
愛媛や高知で走ったような山岳・海岸の人気がない場所ではないのでコンビニを見つけることが難しく無いです。また天気も良く、ちょっと休憩するときにカロリーメイトや SOY JOY を頬張る事ができます。
札所の数はまだ 58 で、残りは少なくないですが、一日に打てる数がこの瀬戸内海側では増えてきます。あえて食事をせず、補給しながら走り続けたのを記憶しています。意外と走れるものです。
結果的にそれは幸いしたように思う。この日のルートでは朝に松山を出たら、今治まであっという間に着いてしまった。デジカメの写真には 54 番の延命寺まで画像が残っていないが、ライブログに走り書きが残っていた。。
09:47 のライブログ。
GPS のログを確認すると、 54 番まで 12km ほどの地点だ。ここまでの平均時速は 16km/h ほどであるが、区間的には 30km/h が出ている。非常にフラットで走りやすい道路であったというのが記憶にのこっている。
また、ここは自転車がよく走るしまなみ海道に接続しているせいか、たくさんのロードば゛いくを見かけた。私が走ってきたお遍路の道の多くは自転車で走るには多少がたがたしているところがこれまでは多かったので、比較的ロードバイクに出会う確率は少なかったが、今回は多数。
もちろん、いずれも荷物を積載した私のバイクをあっと言う間に追い抜いていく。フルカーボンのロードバイクは本来、この目的に使用するものなのだと認識した。もともと早い方ではない上に、こういう変わった使いかた? (でもないかも知れないが。。) をしていることに多少の罪の意識が生まれた。
が、ここで終われないので、最後まで付き合ってもらう。
この今治周辺の札所は近場に固まっている。したがって、「走る」→「止まる」→「拝む」。このサイクルを繰り返し、マシンのように打っていく。その結果、やはり記憶から薄れている札所もある。。極力可能な範囲でコメントを追記しておく。。
五十四番 延命寺 山門
山門が二つ出てくるが、この下の写真が境内への入り口。
五十四番 延命寺 山門
こちらは門の中にお堂が見えている。本堂だと思う。
五十五番 南光坊 山門。
地図で見たときには延命寺からそう遠くない場所をイメージしていたが、意外と距離が有った。今治の市内を市街地走行するので信号だとか、車だとかに注意しながら走ったせいもあるかも知れない。。
ログを見てみると、 3.8km ほどの距離だが、平均時速は 6.7km/h 。休憩もしているようだ。。
五十五番 南光坊 山門。
この「南光坊」という名前は珍しい?札所はお寺なので「〇〇寺」だ。
今調べてみると、光明寺 が号らしい。
五十六番 泰山寺 山門
五十七番 栄福寺 山門
この後が仙遊寺ですが、ここがなかなか大変でした。
今記録を見てみると、標高差は 150m ほど。
これを 30 分ぐらいで登っています。速度は 4.6km/h ほど、ちょっと早足ぐらいです。最大勾配が 24.7% ですね。。これがこたえているのかも。。
また、心理的には、この日はここまで快調だったので、翌日の分も行けるんちゃうか?みたいな欲が出ていたのだと思います。それなのになかなか進まない。予定外に坂に時間が掛かってしまっている。。こういう焦りかも?
五十八番 仙遊寺 山門。
実はここからまだ登ります。歩行者はこの門の先、車道は右に入り、駐車場に向かいます。
五十八番 仙遊寺 山門。
同じ門ですが、こちらの方が構図がいいですね。 (^^)
先程の門のさらに 30m 上。ようやく参拝できるところまできました。いきを切らしながら、自転車を止め、念珠を取り出したり準備して本堂、大師堂と参拝していくと不思議なもので息が整いました。
お経を上げるのは呼吸を整える効果があるんですね。精神的にも落ち着きますし。。
ところで、この日のお昼はどこで食べたのか記録に残っていませんね。。
おそらくは携行食をとりつつ走り続けたのではないかと。。
愛媛や高知で走ったような山岳・海岸の人気がない場所ではないのでコンビニを見つけることが難しく無いです。また天気も良く、ちょっと休憩するときにカロリーメイトや SOY JOY を頬張る事ができます。
札所の数はまだ 58 で、残りは少なくないですが、一日に打てる数がこの瀬戸内海側では増えてきます。あえて食事をせず、補給しながら走り続けたのを記憶しています。意外と走れるものです。
回想:自転車でお遍路 2010/05/21-2 46~53 連続。
この日は三坂峠を超えた後、怒涛の 8 札所。午後から 8 つなので、近場とはいえ、よく回りました。最後の 2 つはもうぎりぎり。。よく滑り込みで入れましたよ。。
というわけで、札所の紹介のみの書き込みです。。
四十六番 浄瑠璃寺 境内。
四十七番 八坂寺 山門。
四十七番 八坂寺 山門 付近、不動像。
何故か印象に残っています。。この像。。
四十八番 西林寺 山門。
お昼はこの後、食べています。
昼飯。
四十九番 浄土寺 山門。
四十九番 浄土寺 山門。
五十番 繁多寺 山門。
五十一番 石手寺 山門 付近。
この信号の先なのです。。
五十一番 石手寺 山門。
この先、さまよってしまった。。この時点で、 15:27 。まだ余裕がある。が、よくよくログを見てみると、後 15 km走行せねばならない。
五十二番 太山寺 山門。
ここは 16:32!!時間がないぞ!!!ここは駐車場から入口までが結構長かったのを覚えている。焦る焦る。。
五十三番 円明寺 山門。
16:51!!!なんと、ギリギリ。。実はここの直前に激坂が待っていた。。これを心臓が壊れるかというぐらいこれを漕ぎあがり、なんかたどり着いた。。この焦りは鶴林寺以来のものだ。
息を切らせて、お勤めを終え、その後松山市内に戻る。。。
で、晩飯は外で食べた。市内の津山料理。ホルモン焼きうどん。
ライブログ。←場所とかは書いてないですよ。。
この日は 64.8km 走行。
その夜の反省と決意。
というわけで、札所の紹介のみの書き込みです。。
四十六番 浄瑠璃寺 境内。
四十七番 八坂寺 山門。
四十七番 八坂寺 山門 付近、不動像。
何故か印象に残っています。。この像。。
四十八番 西林寺 山門。
お昼はこの後、食べています。
昼飯。
四十九番 浄土寺 山門。
四十九番 浄土寺 山門。
五十番 繁多寺 山門。
五十一番 石手寺 山門 付近。
この信号の先なのです。。
五十一番 石手寺 山門。
この先、さまよってしまった。。この時点で、 15:27 。まだ余裕がある。が、よくよくログを見てみると、後 15 km走行せねばならない。
五十二番 太山寺 山門。
ここは 16:32!!時間がないぞ!!!ここは駐車場から入口までが結構長かったのを覚えている。焦る焦る。。
五十三番 円明寺 山門。
16:51!!!なんと、ギリギリ。。実はここの直前に激坂が待っていた。。これを心臓が壊れるかというぐらいこれを漕ぎあがり、なんかたどり着いた。。この焦りは鶴林寺以来のものだ。
息を切らせて、お勤めを終え、その後松山市内に戻る。。。
で、晩飯は外で食べた。市内の津山料理。ホルモン焼きうどん。
ライブログ。←場所とかは書いてないですよ。。
この日は 64.8km 走行。
その夜の反省と決意。
回想:自転車でお遍路 2010/05/21-1 岩谷荘から、三坂峠。
この日は前日の激闘もあり、ゆるい目の旅程設定をしてある。松山市内で宿泊し、その周囲の 53 番ぐらいまでを打っておくプランだ。これは最後の最後で大慌てすることとなるのだが、そんな事は当然知らず、呑気な気分で一日は始まった。
朝食はこんな感じ。。
なんと、炙りもの付きだ。
食事を堪能したら、程なく出発。
これが岩谷荘の写真。国民宿舎なので食事が良い。
これは岩谷荘の前の道路。看板が出ています。
軽く、一山超えたところで、一休みがてら宦官を撮影。面河渓という文字に目が止まったのだ。子供の頃、家族旅行で来た記憶がある。そういえば、道後温泉に来た記憶がある。。突然思い出した。看板を見て、思いとどまったのだ。
記憶のどこかに追いやられていることがあるんだよね。不思議なもので人の記憶は。
前日、登りつめて生きたトンネル。逆に今日もここまで上り坂。そしてここからは先日の修な上り坂を下ることになる。トンネルは目印にもなるので、撮影。
その後、再度上り坂がだらだらと続くが、これは漕ぎきる。そして、三坂峠。ここからは下りだ。
ここから少し行くと、道端に見たコトルある自転車が止まっている。で、よくよくみると、なんと T 氏がいるではないか?「こちらに来い」と手招きしている。
なんだなんだと寄って行くとこれまた見たコトルある人が現れた。そうだ、この人は前日の宿でコインランドリーの前に居た人だ!
聞けばこのあたりにお世話になりながらお遍路していると。で、この場所はそのお世話になっている方の作業小屋だったのだ。
もう峠はすぐこの写真の先だ。
峠の先は延々下り。なんの動力もいらないのではなく、さんざん制動力を使いながら降りていく。そして、次の札所の浄瑠璃寺に行くにはこの車道から外れて、別の道を降りていくのが近道。地図で事前調査していたときには、この分岐点から「上り」だと何故か思っていた。下り勾配から外れる道なのでそう思い込んでいただけなのだが、実はえぐい下り坂。。
写真には写し込んでいないが過激に下る。しかも道は細い。で、ブレーキを握りしめたまま、ジェットコースターのように降りた。
今データを見てみると、最大で 17% 程度。多分、道がガタガタだったのが恐怖心を煽ったのかも?
で、その後は無事田んぼの中に出てきて、安堵した次第だ。
この先は次々と札所が出てくる。余裕のはずが閉門前のバタバタ劇となったのは次の投稿に続ける。。
朝食はこんな感じ。。
なんと、炙りもの付きだ。
食事を堪能したら、程なく出発。
これが岩谷荘の写真。国民宿舎なので食事が良い。
これは岩谷荘の前の道路。看板が出ています。
軽く、一山超えたところで、一休みがてら宦官を撮影。面河渓という文字に目が止まったのだ。子供の頃、家族旅行で来た記憶がある。そういえば、道後温泉に来た記憶がある。。突然思い出した。看板を見て、思いとどまったのだ。
記憶のどこかに追いやられていることがあるんだよね。不思議なもので人の記憶は。
前日、登りつめて生きたトンネル。逆に今日もここまで上り坂。そしてここからは先日の修な上り坂を下ることになる。トンネルは目印にもなるので、撮影。
その後、再度上り坂がだらだらと続くが、これは漕ぎきる。そして、三坂峠。ここからは下りだ。
ここから少し行くと、道端に見たコトルある自転車が止まっている。で、よくよくみると、なんと T 氏がいるではないか?「こちらに来い」と手招きしている。
なんだなんだと寄って行くとこれまた見たコトルある人が現れた。そうだ、この人は前日の宿でコインランドリーの前に居た人だ!
聞けばこのあたりにお世話になりながらお遍路していると。で、この場所はそのお世話になっている方の作業小屋だったのだ。
ここで、ミカンだの、せんべい?だのさんざんご接待いただき、ゆっくりと休憩されていただいた。
そして、ここを出て、いよいよ峠を越え、松山に向かう。もう峠はすぐこの写真の先だ。
峠の先は延々下り。なんの動力もいらないのではなく、さんざん制動力を使いながら降りていく。そして、次の札所の浄瑠璃寺に行くにはこの車道から外れて、別の道を降りていくのが近道。地図で事前調査していたときには、この分岐点から「上り」だと何故か思っていた。下り勾配から外れる道なのでそう思い込んでいただけなのだが、実はえぐい下り坂。。
写真には写し込んでいないが過激に下る。しかも道は細い。で、ブレーキを握りしめたまま、ジェットコースターのように降りた。
今データを見てみると、最大で 17% 程度。多分、道がガタガタだったのが恐怖心を煽ったのかも?
で、その後は無事田んぼの中に出てきて、安堵した次第だ。
この先は次々と札所が出てくる。余裕のはずが閉門前のバタバタ劇となったのは次の投稿に続ける。。
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